『ヒミズ』:稲中作者・古谷実が描く「絶望」と衝撃の転換点
『行け!稲中卓球部』でギャグ漫画界の頂点を極めた古谷実氏が、その作風を180度転換させ世間を震撼させた問題作、それが『ヒミズ』です。「笑いの時代は終わりました」という当時のキャッチコピーと共に発表された本作は、全4巻という短さながら、人間の深淵なる闇と絶望を容赦なく描き出しました。園子温監督による実写映画版がヴェネツィア国際映画祭で新人賞をダブル受賞するなど、その重厚な物語は国内外で高く評価され続けています。
「普通」を夢見た中学生・住田祐一の転落
貸しボート屋を営む中学生・住田祐一の願いは、誰よりも「普通」の大人になり、「普通」の人生を送ることでした。しかし、現実は彼にそのささやかな幸福さえ許しません。蒸発する母、借金を押し付け暴力を振るう父。過酷な環境が、徐々に彼の精神を蝕んでいきます。
ある日、衝動的に父を殺害してしまったことで、彼の日常は完全に崩壊します。自らの余生を「オマケ人生」と定義し、「世の中の害悪となる奴を殺して死ぬ」という歪んだ正義を掲げて街を彷徨う住田。唯一の理解者であろうとするクラスメイト・茶沢景子の叫びも虚しく、彼は戻ることのできない狂気の世界へと堕ちていきます。
なぜこれほど心を抉るのか? 本作の3つの特徴
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「稲中」との鮮烈なコントラスト 本作最大の特徴は、作者・古谷実氏の劇的な転身にあります。下ネタとナンセンスギャグの応酬で一世を風靡した『行け!稲中卓球部』とは対極に位置する、救いのないシリアスな世界観。ギャグ要素を一切封印し、人間の醜悪さや社会の不条理を鋭利な筆致で描き出した本作は、作家としての底知れぬ才能と覚悟を読者に突きつけます。
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息苦しいほどの心理描写 「普通」でありたいと願うほどに「異常」へと追いやられていく住田の焦燥感は、読む者の胸を締め付けます。特別な能力も持たない等身大の中学生が、殺人者へと変貌していく過程のリアリティ。その痛みや孤独が痛いほどに伝わり、フィクションとは思えない重苦しい没入感を味わうことになります。
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映画版とは異なる「原作の結末」 園子温監督が手掛けた映画版(2012年)では、ある種の「希望」や「再生」を感じさせるラストが描かれました。しかし、原作漫画が辿り着く結末は、それとは全く異なる地平にあります。一切の妥協を許さず、主人公の魂の叫びを最後まで描き切った原作のラスト。その衝撃と余韻は、映画版を見た人にこそ確かめてほしい「もう一つの真実」です。
絶望の先にあるものを見届けたい人へ
- 人間の暗部を直視したい人 勧善懲悪やハッピーエンドの物語では満足できない、人間のドロドロとした感情や、社会の闇を直視するようなヒリヒリする作品を求めている方に適しています。
- 古谷実の作家性を追いたい人 後の『ヒメアノ〜ル』や『シガテラ』などにも通じる、サスペンスや人間の業を描く古谷実ワールドの「原点」にして「転換点」を目撃したい方におすすめです。
- 短期間で濃密な物語を摂取したい人 全4巻というコンパクトな構成ながら、その読書体験は長編小説にも劣らない重厚さがあります。週末の時間を使って、忘れられない衝撃に浸ることができます。