手塚治虫の”黒い”傑作『MW(ムウ)』とは? 悪の極致を描く全3巻
「漫画の神様」手塚治虫といえば、ヒューマニズムや生命の尊さを描く作家というイメージが強いかもしれません。しかし、1970年代に発表された本作『MW(ムウ)』は、その常識を根底から覆す「問題作」として知られています。
本作は、同性愛、猟奇殺人、政治汚職といった当時のタブーに深く切り込んだ、ピカレスク(悪漢)ロマンの金字塔です。全3巻というコンパクトな構成ながら、映画化もされたその内容は、長編作品に匹敵する圧倒的な密度と熱量を誇ります。「正義」とは対極にある「悪」の魅力を徹底的に描いた本作は、手塚治虫の作家としての奥深さと、底知れぬ業(ごう)を感じさせる傑作です。
良心を失ったエリートと苦悩する神父。狂気じみたあらすじ
物語の中心にいるのは、エリート銀行員の結城美知夫と、教会の神父である賀来巌。一見接点のないこの二人は、かつて南国の島で起きたある忌まわしい事故の生存者でした。秘密化学兵器「MW(ムウ)」の漏出事故――その猛毒ガスを浴びた結城は、後遺症として脳が侵され、良心のかけらも持たない稀代の悪党へと変貌していました。
平然と殺人を重ね、事故を隠蔽した権力者たちへの復讐、そして「MW」を手に入れ世界を道連れにしようと画策する結城。神に仕える身でありながら、結城と肉体関係を持ち、脅迫されながらも彼の犯罪に加担させられていく賀来。悪に染まりゆく男と、彼を救おうと苦悩し続ける男。二人の背徳的な逃避行と、世界を巻き込む狂気のサスペンスが幕を開けます。
猟奇殺人から同性愛まで…『MW』が読者を惹きつける3つの理由
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手塚治虫の「闇」が凝縮されたトラウマ級の悪漢物語 主人公である結城美知夫は、同情の余地がないほどの「純粋悪」として描かれます。しかし、その残虐さとは裏腹に、彼は妖しいまでのカリスマ性と美しさを放っています。「善」を描き続けてきた手塚治虫が、その筆力をもって「悪」を本気で描いた時、どれほど恐ろしく、かつ魅力的な物語が生まれるのか。読者はその凄みに圧倒され、ページをめくる手が止まらなくなるでしょう。
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殺人鬼×神父。背徳的で妖艶なBL(ボーイズラブ)の先駆的関係性 本作を語る上で外せないのが、結城と賀来の複雑怪奇な関係性です。加害者と共犯者であり、誘惑する者と懺悔する者。現代のBL(ボーイズラブ)作品にも通じる、極めて濃密で業の深い人間ドラマが展開されます。神への信仰と肉欲の間で揺れ動く賀来の葛藤と、彼を支配することでしか存在を確認できない結城の歪んだ愛は、時代を先取りしすぎていたとも言える妖艶さを放っています。
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現代にも通じる政治の腐敗と隠蔽体質を暴く社会派サスペンス 物語の背景にあるのは、化学兵器の隠蔽工作や、保身に走る政治家たちの醜悪な姿です。これらは単なるフィクションの枠を超え、いつの時代にも通じる国家権力の欺瞞や構造的な腐敗を鋭く告発しています。エンターテインメントとしての面白さだけでなく、社会派サスペンスとしての鋭利な切れ味も、本作が長く読み継がれている理由の一つです。
救いのないノワールを求めて。『MW』はこんな人におすすめ
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『ブラック・ジャック』等の王道手塚作品しか知らない人 「手塚治虫は子供向けの漫画家」と思っている方にこそ、ぜひ読んでいただきたい作品です。人間の暗部や社会の闇を容赦なく描く「黒い手塚」に触れることで、作家としての凄みと幅広さを再発見できるはずです。
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ピカレスク・ロマンや鬱展開を好む人 勧善懲悪の物語に飽き足りない方にとって、本作の徹底した悪と悲劇的な展開は、ある種の戦慄とカタルシスをもたらします。救いのない結末すらも美学として昇華された、極上のノワール体験がここにあります。
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週末に重厚な物語を一気読みしたい人 全3巻完結というボリュームは、休日の読書に最適です。しかし、その読後感は長編映画数本分にも匹敵する重さがあります。傑作として評価の定まったハズレのない作品で、濃密な物語体験を味わいたい方におすすめです。